SENSE OF BLUE DISTORTION

「介護」のテーマである話

実情と対策

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介護の現場の実情は、いわゆる、理想(正論)と現実(曲論)ではない。詳しく言えば、筋が通っていること(卓上の事実)と、筋が通っていないことであり、これは、筋が通っていることを認め、受け入れてる前提でのことである。つまり、非現実的なのではなく、方法が存在していないということなのであり、これから、改善の余地はあるということになる。それには、そのための考察や、アイデアを生む努力が必要となる。

サクセスフル・エイジング

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「基準を分けた現役」。後ろ立てではなく、現役として背中で見せる、生涯現役。新たな人間社会の創設。現役世代を二つに分け、時代を切り開ける能力のある、20歳~60歳の第一現役世代と、時代を切り開く能力を欠く、60歳以上の第二現役世代に分別する。現役世代は、二分割する必要がある。60歳以上の人は、今まで仕事をしてきたすざましい「経験」を持ってる。そういった人達が、その人達だけでの、それまでの現役時代とは、違う別の社会を作り、経験だけで、経験だけに頼って、何かを成し遂げようとすることで、経験を武器にした素晴らしいことが達成出来る。「アイデアの社会」。サッカーロシアワールドカップで、日本代表が見せたことを現実社会でも実現しようということである。これにより、「現役引退」という概念はなくなるのである。

これからの世界について

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●平和

戦後から75年経って、平和への意識が高まる中での、その結果自体が、形として影も姿も出ていないことを、一つの結論として受け入れて、その上で、今、これから何をすべきなのかを考えなければならない時期に来てる。

核のない世界というのが、我々には無理な課題だったというのを受け入れるべきなのかもしれないということ。

じゃあ、今の自分達は自分達自身に対して何が出来るのか、何をすべきなのかということを導き出す用意、準備が必要。

―自分達のあふれるばかりの未熟さを痛感してそれに浸り癒される―それは敗北ではない。一つの勝利に近い、選択という、決勝点になるゴールだ。

確かに、意識は向上した。だが、その成果として、目に見えるもの、ことが何もないというのは、核兵器放棄の努力過程が、無駄ではないが、そもそも意味を持たないということではないのかと思うのである。つまり、人間は、意味のないことに、価値を見出して、意義を持って取り組んだのではないかということ。なら、する選択は、一つしかない。「逃げ出すこと」。それが、科学的にも、心理的にも、的確なアクションであり、明確な、決断による行動だと思う。

すべての核兵器を、まとめてどこかのスペースにつめこんで、放置、遺棄し、置き去りにして暮らしていく人間社会も悪くない。プロセスは何にしろ、そういう世界平和もあるということかもしれない。

遺棄した後の後始末に関しては、遺棄をセルフバックアップする形で対処すればいい。現段階の核の管理システムを目的を変えて、当てはまればいいということになる。

つまり、使用する目的で、核兵器を管理することを辞める。使用がある目的で管理し、コントロールすることの中で使用するのだから、使用する目的で管理をする者がいないということは、世の中に存在していても、その、核による脅威は、ゼロである。万全な処置の目的である管理は、必要ということである。

つまり、核放棄ではなく、核遺棄による平和社会の実現になるということである。

核兵器を、人類の手に負えないという動機から、核のその問題自体から逃げ出して、遺棄してしまうという行動パターンで、世界平和を構築するという前代未聞の考え方があるということ。「核兵器に人類が見限られることが世界平和と言える」という斬新なケースになる。

●社会

先に述べておく。今、現在は、アナログが残っているITの時代ではない。そう多くの人が感じているだろうが、アナログが古いという価値観は、錯覚というべきである。正しく述べると、今、現在は、ITの時代に入りつつあるアナログの時代であるということである。つまり、それが何を意味するのかと述べると、すべてのIT的なものは、アナログの基礎の上に成り立っているということ。例えを一つ出すと、ネットで買った商品を届けるのは、「車」であるということ。そして、それを運転するのは、「人」であるということである。どんなに時代が動こうとしていても、そこのベースは、秩序として、存在しているから成り立つ世界だということである。つまり、ITは、まだ、実験的なものに過ぎず、社会の秩序は、アナログなのである。

ITが、主流となる世界になるという事実は、誤作動という、ITとは切り離せない問題が、完全に解決したことを意味する。誤作動が、100%起こらないという科学的実証が、必要となるということである。

今、もし、アナログ的なものがなくなっていく傾向が起きたとしたら、すべての文明を、人類が、失う危険性が発生していると言えることとなる。(需要があれば、なくなっていってるとは言わない。量の問題である。ある、ないの問題ではない。需要を求めなくなることが、致命的な大問題なのである。)実験段階のものは、主流にはなれないからである。アナログはいらないという価値観は、そういう危険を誘発することと隣り合わせの考え方である。

では、もし、安全が完全に保証され、完全なIT時代に入ったら、どのような世界になるのか。説明すると、そうなった途端に、アナログは、まったく新しい価値観のものになる。秩序が変わったことで、「別の秩序という新しさ」のブランドになる。理由は、秩序に新しいも古いもないということからである。これにより、アーティストは、楽にたくさんお金を稼げる、収入重視で音楽をするタイプと、収益が少ない、芸術性重視のタイプに分かれると言えると思う。つまり、アナログとITの関係性は、太陽がITで、月がアナログ。要するに、リーダー的で、絶対に、不可欠なITと、特に不可欠ではなく、女性的、母性的な、観賞的な娯楽性を持つ、アナログということと言える。

このように、ITとアナログは、太陽と月のような関係性で、バランスをとりながら成り立っていくと言える。つまり、「秩序が、二つ点在する」、多様性に富む、SFのような人間世界になると言えるということである。

IT技術が、促進するということは、人間が、自分自身の使命から逃げ出すということが必須ということにあると言える。逃げ出すことで、秩序が、正しく移行されるのである。逆に言えば、逃げ出すことが、いかにも人間らしく、人間らしい未来こそが、IT技術が進んだ世界ということになるのである。楽を実現にすること自体が、逃げなのであり、IT技術が進んだ世界というのは、決して、誇りではない。「らしさ」なのであり、「成果」ではない。

人類が、自分自身の使命から逃げ出すことで成立していく社会は、これから暮らしていく、自分自身から逃げ出したことでの墓場島へと続く過程の途中の、人間がいる居場所となる。

●資本主義と民主主義の弱体化

これからの資本主義と民主主義は、弱体化し福祉化すると言っていい。

資本主義は、協力化する。つまり、競争しやすいなようなシステムが導入される。民主主義は、安全化する。現在は、期待出来る人物を選ぶのが、選挙での人を選ぶ基準だが、安全さ、安全にやってくれるだろうという人物が、その基準になる。そのために、選挙期間を一年ぐらいに伸ばす。そうなることで、向いていない人物や、怖ろしい考えの人物は、ボロを出したりして、判別出来る。選ぶ人物が浮いて出ることになり、誰でも簡単に選ぶべき人物を特定出来るということになる。

●方向性

インクルーション教育が発達に欠けているのは、想像する、イメージだけで解決出来るとしているという部分である。物理的に言うと、いかに人間が、濃い想像力を活かせれる存在だとしても、性格、つまり、DNA的な部分の問題までもは、想像力では管理出来ないということである。このことが、インクルージョン教育が抱く、大きな壁の要因だったことでもある。

「世界にひとつだけの花」はとてもいい曲だと思う。誰もが思うと思う。しかし、その、この曲のすべてである部分に共感しているのではない。この曲に含まれている思想のような要素に魅かれるのである。

では、何がいいのか、どこに魅力があるのか。それは、インクル―ジョンの考え方を適切なまでに見事に表した所である。だが、インクル―ジョンの考えは、性格が、一人ひとり違うことを前提と置いている。この部分に溝が生まれる、存在しているのである。

性格、つまり、個性を大切にし、特別なものと考えるのではなく、能力に目を向けることが必要なのである。才能や、技術(技)、発想などである。つまり、大きな理想としては、人類70億人全員が、何らかの、それぞれの、成立した能力を持ったONLY ONEになったとしたら、それは、つまり、みんながNO.1という事実である。

性格、つまり、個性を重視するのではなく、これらは、後回しとして、能力を優先するという考えが必要である。性格がONLY ONEなのではなく、能力がONLY ONEであるという概念が、これからの社会に必須な、インクルージョンの考え方である。

♪一番になる目的じゃなく 一位を勝ち取るためじゃなく 夢をつかむためだけに みんなの世界 これが輝く理由 一つだけの花が世界をうめる ひとりひとり違う夢を見る NO.1は特別じゃない もともとみんながONLY ONE♪

「世界にひとつだけの花」の歌詞に置き換えると、こうとなる。

 つまり、今の人間は、まずどのような人間か、そして、その次にどのようなことが出来る人か。この順に人をとらえる。これからの社会では、まず能力、そして性格というような順に人をとらえる。そのような秩序の社会に発展すれば、目指す所は、全員がNO.1で、つまり全員がONLY ONEの人間世界、となるのである。

欲の拡散と、人類の格闘。

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文明が発達した現代、これからの文明の進化において、確実に人は仕事をしなくなる。それは、正しいこと、正しい進化と言えるのか。僕は、疑問を感じてならない。

何故なら、過去の文明の進化の事例と大きく異なっているからだ。

文明が進化すれば、それに影響を受けて、仕事への意欲へ結び付け、より、意欲的に仕事に励むようになるはずだ。

過去、人類は、そういう風にして文明の進化を繰り返してきた。

それが、文明の進化のルールだとすると、現代の場合に、仕事をしなくなる方向へ繋がり、仕事に励む方向へと結びつかない、つまり、楽をするようになるのには、大きく疑問を感じる。

現代人は、過去の今までの人間のように、物に頼って、その機能性を役立てた上で、仕事の効率を上げ、仕事へ励むのではなく、自分が独立し、仕事を楽にするために物を使う。つまり、文明が進化したその延長線上には、「仕事をしなくても済む」、「仕事をしない」という結果の状態が待ち構えているのである。

この感覚の変化は、正当な進化のように思うが、疑問を抱くことは大事なことである。

人類社会が、より、繁栄していく上で、文明が産んだ素晴らしい科学技術の結晶が人間社会に現れた時に、楽をしたいという欲を行使するのが、果たして、本当に、最善で、適切と言えるのかという、壮大な大きな疑問点がある。

人類は、原始の時代、とても苦しい暮らし、思いをした。それは、今の我々には考えもつかない領域の苦難なのであったと思う。その苦難をしりぞけることが出来たらと願ったんだと推測する。だからこそ、我々、現代人には、文明の進化とは別に、根源には、楽をしたいという欲があり、そこからすべての進化のルーツが始まってるんだと思う。だからこそ、文明が発達し、IT文明の切れ端に遭遇した時に、その楽をしたいという欲が全面に出てしまう。まさに「自然」の理屈なのであり、何もおかしいことではないと言える。これが、何故、欲が出たかという理由になる。

欲の危険性について。欲は、その者自身を滅ぼす要因がある危険なものである。その、楽をしたいという願望の欲によって、進化が始まるきっかけが生まれ、人類の進化である、繁栄の歴史が始まり、その同じ欲によって、人類の繁栄に危険信号が灯るのである。自然のさがというものである。

その対策。人類という進化体そのものの殻を破る。それが、出来てこそ人類と言える。それが出来る逸材である。人類は。ニュー人類を生み出せるのは、我々、現代の原始人類である。進化体の底力を見せるのが必要。それは、楽をしたいという根源ではなく、もっと斬新で、発想力のある大志で成り立つ理想のようなもの。これが、躍動的な人類の未来へと繋がる、基礎のツールのようなものである。正しい進化の目的で、正しいやり方で、原始的な欲を遺棄すること。それが出来れば、この、欲という膿(うみ)が産んだと言えることが可能にある問題は、解決する。それが、次に書く最終的な問いの答えである。

何か、文明の進化のルールにそぐわない特殊なことが起きてるととらえることが、可能であり、それが、プラスの理由なのか、マイナスの理由なのか。プラスの理由なら問題はないが、マイナスの理由の場合には、気をつけなければならないのかもしれないと思う。

この場合、楽をしたいという欲を行使したことが原因での、文明の進化のルールにそぐわない、良くないことの、特殊な状態が起きている可能性があるからである。

このことのような矛盾が存在することから、次に書くことを問うことの必要性が生まれる。もしかすれば、我々は、文明の進化の過程の途中で、楽をしたいという欲を行使したことで、人類の繁栄に関わる、正しくない進化の方向へと進んでいる場合の可能性があるのではないかと、分析し、世の中に問おうと思う。

いくら文明が発達し、進化しても、人間自体がなまけている状態のことを、進化と呼べるのかという疑問があるということ。

進化とは、出来ないことが出来るようになる状態のことだから、人間が、向上心を持たず、労働努力を放棄し、なまけることが進化とは言える訳がない。これは、進化することをあきらめた姿ともとれるのである。仕事をしなくなった人間は、もはや、生クズであると思う。次へとつながるのは、生クズとしての未来しかあるはずがない。人工知能の賢さが、ずっと今のレベルであるはずがない。このことから導かれるのは、その賢さを持った人工知能に、我々が、生クズとして処理されること以外ないと思う。

今まで、文明が進化すれば、人間の中身、つまり、価値観や考え方も、それにつられて進化してきたのが現実である。それが当たり前のことなのである。それが、進化という現象なのであり、それが、なまけるという形で進化せず、比例しないのは、明らかに不自然という他ない。

つまり、このことから、我々の向かっている未来は、正しい進化ではなく、正しい進化は、別にあるのではないかということ。

今、世界は、自らで自らを滅ぼす方向へと向かっています。現在、向かっている未来の方角を、正しい未来性へと転換することが必要なんだと思う。それを、僕はやりたい。

文明が発達した現代、これからの文明の進化において、確実に人は仕事をしなくなる。それは、正しいこと、正しい進化と言えるのか。僕は、疑問を感じてならない。何故なら、過去の文明の進化の事例と大きく異なっているからだ。文明が進化すれば、それに影響を受けて、仕事への意欲へ結び付け、より、意欲的に仕事に励むようになるはずだ。

 

2018年2月末日

 

 


Pink Floyd - Money (Official Music Video)

 

 

 

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新しい秩序の人間社会 -ある自由観のような感覚-

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*社会のメカニズムの説明  是非、しっかり読んで欲しい。

*1(a) 国の財産が基礎(土台)に対して、犯罪被害者としての、社会への再起を賭けて臨んだ、イメージ内の格闘で身に付けた想像力を用いたスキルを、役立てて世の中を変えるという目的で創造した発想上で、国の財産が、国民の人数だけあり、一つ一つが、国民、一人一人の所有であるということ。

既存の自由とは、ざっくりとした、いわゆる、フリーダムというワードのものであり、この理想は、選ぶ、選択するというリバティーというワードの、明確な自由である。これは、犯罪被害者としての、社会への再起を賭けて臨んだ、イメージ内の格闘で身に付けた想像力を用いたスキルを役立てた、いわゆる、想像力による創造というアクションでのみ示し、表せることが可能な理想である。ただ、このスキルを身に付けた過程において、「ファンタジーパワー」を使ったと思う部分がある気がすることは否定出来ない。つまり、人間には、普段は使わない眠ってる力があり、それを開放することで、普段以上の、自分の持ってる力以上のことが出来るという、いわゆる「火事場の馬鹿力」というものを使った、使えたのではないかと思う部分があるということである。もしかしたらと思うことは、自然な感想なのかもしれないと思う。それ程に、犯罪被害者の心の傷を癒せられるスキルを身に付けれるという、通常の秩序では信じられないことが成し遂げられたのであるから。それは、自分にとって大きすぎる成果だった。

主義などの理想は、既存の自由という秩序に縛られて、その枠の中で模索されたものである。この理想は、既存である自由という秩序から勝ち取って、自由という名の束縛から解放された、別の観点における自由なのであるということ。

これは、アメリカ式の民主主義の応用形。このような、自由になりたい(解放されたい)というイメージとしてのアイデアの理想。

図。国の財産・基礎〇/〇(一(いち)国民の所有)〇(一(いち)国民の所有)〇(一(いち)国民の所有)……国民の人数だけ。省略、〇/〇〇〇……。

最後に、重要事項として示すが、僕は、戦うことが完璧に不能な自由さを身に持っている。それが、僕の自由観の実体である。その感覚のようなものが、このアイデアの理想を思い付いた基礎条件のようなものである。その感覚を「使う」ことが必須なことであったと言えると思う。そのような感覚のようなものを平地とすると、その上に建物を建てたという表現が的確だと思う。

*1(b) これは、つまり、個人財産の量が違うことが当たり前という観念に、とらわれないというものである。それならば、目的の、人間社会が不平等であるという問題を解決する、そのために、このアイデアの理想の、長所となる、個人財産の量が違うことを活かすことで、問題解決のための進展には出来ないかということと思う。それには、活かすということの理屈上、本質は変える必要がないということになるので、それにより、するべきことは、そのものの見方を変えることということになる。その立案の方向性により、いろいろと試した結果、まず、かっこをつけてみると、〇/〇〇〇……⇒(〇)/(〇〇〇……)となる。訂正として、基礎としてベースになるものにかっこはいらないという判断から、(〇)/(〇〇〇……)⇒〇/(〇〇〇……)となる。次にすべきことを模索した時に、/を消すしかないとの判断に委ねてみて処理をすると、ここで、偶然の産物と言える発見をすることになる。〇/(〇〇〇……)⇒〇(〇〇〇……)となり、結論的に、〇/〇〇〇……を(〇(一(いち)国民の所有)〇(一(いち)国民の所有)〇(一(いち)国民の所有)……国民の人数だけ)の所有物=〇国の財産・基礎、省略すると、〇(〇〇〇……)に置き換えることが成立するのであり、これが何を示すかというと、1(a)の文頭の基礎の国の財産が、一人一人の所有物であるというくくりで表せるということである。⇙

国の財産を、国民の全員に行き渡るようにするために、さまざまな項目を元にしてそれぞれの国民へと分別することによって、(セルフ)プロデュースする。平等という価値観を持ったとらえ方をする。個人個人に分別された手元にある財産は、「分別される前の対象物が、(数え方の)一体の基礎である上で一人一人のもの。」という認識になる。情報や権利のように、コピー出来るものは、分別せずに(セルフ)プロデュースする。つまり、模写する。平等という価値観を持ったとらえ方になる。個人個人に模写した手元にある財産は、「模写する前の対象体が、(数え方の)一つの基礎である上で一人一人のもの。」という認識になる。そのようなイメージ上での平等の理解を持って過ごしていけば、現実では不平等な社会でも、発想として理解をしている以上、(完全な)平等な社会で暮らしているという実質的事実となる。

*2 個人個人の所有物を、〇/〇〇〇……のイメージにとらえる。⇒〇/〇〇〇……を、〇(〇〇〇……)に置き換える。⇒国民へと、(セルフ)プロデュース(人の立場などによって分別)OR(セルフ)プロデュース(模写)する。⇒人によって量が違うからこそ平等だと思う。

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*3 新しい、物の流通システムの人間社会の、メカニズム。二つ目の秩序概念(本当の

平等)(同調としての秩序)。〇(〇〇〇……)。

 

資料


The Beatles - Don't Let Me Down

 

 

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ブログ記事においての重要なポイント

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説明   辞書引用意味  新しいことを初めてつくり出すことをする、現実には存在しない事柄を心の中に思い描く能力を用いた、訓練によって得られる特殊な技能。=創造をすることが出来る、想像能力を用いたスキル。

 


少年がミルク "I love you" Official MusicVideo

 

 

 

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自由社会が持つ可能性の追求

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アメリカ式の民主主義。そして、中国の共産主義。どちらも、素晴らしい考えの社会だ。だが、所詮、完全止まり。完璧な社会ではない。欠点がある。つまり、こうすればいいんだ。みんなのものを一人一人に分ければいい。ただし、強要じゃない形で。それこそが、真の自由の社会だ。一人一人の考えを完全に尊重した、それでいて、全員が、完全な共同体であるという考えの社会。二つの主義が統合した、互いのプラス要素が互いのマイナス要素を打ち消した夢のような人間社会。合併ではなく、統合なのである。自由とは、無限の可能性を秘めた考え方である。その考えに、元々の、人間は自然体である考え方が足されることで、自由を、共有し分け合いきる、そんな自由主義の結晶のような考え方が生まれるのである。

 


Halsey - Bad At Love

 

 

 

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