世の中が変わるセンス

無才感という、戦いに代わる新しい秩序概念。

「ゲット・バック」セッションの真実。ジョンの代弁。

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このセッションから生まれた「LET IT BE」という2枚のアルバムがある。70年にリリースされた方は、ビートルズのオリジナルアルバムとして出された。後に、ポールは、リリースに満足していないというコメントをしている。フィル・スペクターによる編集によるこのアルバムがポールは気に入らなかった。しかし、ジョンは、ある程度満足していたというコメントを残している。この違いは、そもそもこのセッションの本質にある。このセッションが成功したかどうか。それは、大失敗である。形にすらならなかった。つまり、成功品、失敗品の音そのものが存在しないのである。このことから、結果を意識するジョンにとってみれば、形のないものを、「形にしてくれた」、そのフィル・スペクターに感謝があったのである。しかし、ポールは、「行程」に価値を見出していた。だから、存在しないものを強引に形にした作品を受け入れられなかったのである。

結果が何もないその行程に意味はない。しかし、このことに挑戦出来たのは、ビートルズだけという部分が存在する。当時、ビートルズがこの「セッション」でしようと試みていたことは、世の中の雰囲気を変えた功績を持つビートルズの音楽をさらに進化させ、世の中そのものを変えようと、そこに挑戦しようとしていたのである。つまり、ビートルズそのものを超える挑戦ということになる。が、それは失敗に終わった。それは、つまり、本来の目的である、ビートルズを超えることが出来なかったということになる。が、もし、成功出来ていたらどのような音楽だったのだろうと模索すると、鳥肌が立つくらいぞくぞくするような気がする。つまり、挑戦したこと自体に価値が存在するということになる。

このセッションの行程、つまり、当時のセッション自体の「記録」に魅力がある、それを楽しむ、その価値そのものを楽しむのが、後に出た2枚目の「LET IT BE」の正しい楽しみ方である。ビートルズの現役最後の「LET IT BE」は、行程自体を商業化し、その華やかさという魅力を楽しむ音楽だと言える。

2枚目のアルバムのタイトルを個人的につけると、「ビートルズの決意」はどうだろうと思う。